予定

2009年2月24日火曜日

(不味い)とわかっていても金を払って(不味い)店に入る事がある。それは(不味い)という事を確認したいがために(不味 い)店に入るのでむしろ(不味い)方が都合が良い。そして(不味い)というのを確認した後にやってくる敗北感の正体は試合に勝ったが勝負に負けた感覚に相 違ない。しかしそもそも(不味い)というのを確認してする事に意味があるのだろうか?「ひょっとしたら今日は美味く感じるかも」なんて淡い期待をこの男は 抱いているのか?同じ敗北感を何度味わえば気が済むんだ?→なんて事を特製富士そば(大盛り)を食いながら考えた。